読みもの|『越中万葉物語 あゆの風』刊行によせて 一
うれしい。悲しい。
恋しい。心細い。
心が動いたその瞬間の気持ちを、短い言葉にして、そっと残す。——今のわたしたちなら、スマートフォンを取り出して、つぶやくところでしょう。
実は千三百年前の人々も、同じことをしていました。ただし、三十一文字で。
それを集めたのが、『万葉集』です。
日本最古の、けれど一番「飾らない」歌集
『万葉集』は、いまからおよそ千三百年前、七六〇年ごろまでに編まれた、現存する日本で最も古い歌集です。全二十巻、収められた歌はおよそ四千五百首。
「最古」と聞くと、いかにも古めかしく、むずかしそうに思えるかもしれません。ところが実際に開いてみると、印象はまるで逆です。
のちの時代の歌集——たとえば平安の『古今和歌集』などが、洗練された技巧を競い合ったのに対して、万葉集の歌の多くは、胸に浮かんだ思いを、素直に、そのまま言葉にしています。
旅先で美しい景色に息を呑んだこと。人を好きになって胸が熱くなったこと。家族を亡くした慟哭。ひとり旅立つ夜の心細さ。
技巧の鎧をまとう前の、いわば「生の声」。だからこそ万葉集の歌は、千三百年という時間をやすやすと飛び越えて、いまも、わたしたちの胸にまっすぐ届くのです。
天皇から、名もなき農民まで
万葉集には、もうひとつ、世界の古い詩歌のなかでも際立った特徴があります。
天皇の御歌のすぐ隣に、名も知れぬ農夫の歌が並んでいるのです。
宮廷の貴人が交わした雅な恋の歌のかたわらに、東国の訛りの残る素朴な歌がある。遠い九州の守りへと発つ防人(さきもり)の若者が、故郷の妻子を想って詠んだ涙の歌がある。海人がいて、兵士がいて、旅人がいる。
身分の上下も、都と鄙(ひな)の隔てもなく、ありとあらゆる人々の生きた声が、分け隔てなく収められている。——これほどあらゆる階層の声をそのまま掬い取った歌集は、実は後の時代の日本にも、二度と生まれませんでした。
考えてみれば、不思議なことです。文字は当時、ごく一部の人だけのものでした。田を耕す人々、海に生きる人々の歌は、書き留められないかぎり、うたい手とともに消えていく定めだったはずです。
では、誰が、なぜ、その消えゆく声を書き留めたのか。
鍵を握るのは、一人の青年貴族——そして富山
この歌集を今に伝わる形にまとめ上げるのに、最も大きな役割を果たしたと伝えられるのが、大伴家持(おおとものやかもち)という貴族です。
家持は自らも優れた歌人でしたが、それ以上に、名もなき人々の声にじっと耳を澄まし、一首また一首と書き留め、後の世に遺した「聞き手」でした。
そして——ここからが、この連載の本題です。
都に生まれ育ったこの青年貴族が、なぜ文字さえ持たぬ人々の声にこれほど心を寄せるようになったのか。その答えを探ると、一つの土地に行き着きます。
越中国(えっちゅうのくに)。今の、富山県です。
若き日の家持は、国守としてこの地で五年の歳月を過ごしました。立山連峰が海の彼方に白くそびえ、豊かな潟が遠い国の船をも迎えるこの土地で、家持の身に何が起きたのか。
次回から、少しずつ紐解いていきます。
近刊予告
越中万葉物語 あゆの風
大伴家持、越中五年間の物語。都育ちの青年貴族は、この地で何に出会い、いかにして「名もなき声の聞き手」となったのか。北前書店より近日刊行予定。詳細は続報にてお知らせします。

