天平十八年、夏。都からひとりの青年貴族が、越中国——今の富山県に赴任した。
大伴家持、二十代。のちに『万葉集』をまとめ上げることになるこの青年は、雪深い北の国で何に出会い、何を失い、いかにして「名もなき声の聞き手」となったのか。
泥田で出会った土地の娘。書物には載らない、生きた言の葉。海から吹く「あゆの風」。たったひとりの弟の死と、雪の夜の祈り。そして、万代(よろずよ)の約束——。
実在する万葉の歌八十一首を、詠まれたときの姿のままに織り込んで描く、家持の越中五年間の物語。物語から入って、万葉集にたどり着く一冊。
作中に登場する万葉の歌は、一首の例外もなく、千三百年前に実際に詠まれた歌です。本文には歌ごとに出典(巻・歌番号)を添え、巻末には全八十一首の一覧を付録として収めました。詠み手は家持だけでなく、友の大伴池主、遊行女婦・土師、僧・恵行、大伴坂上郎女、そして名も残らぬ越中のうたい手まで——万葉集という「あらゆる人々の声の歌集」の縮図となるように選ばれています。
巻末付録「越中万葉をあるく」では、氷見・高岡をはじめ、歌の詠まれた土地を訪ねるための案内を収録。読んだあとに、千三百年前の歌の風景へ実際に立てる一冊です。
【著者プロフィール】
越野文香(こしの・ふみか)
東京都出身。地域の歴史と人物をテーマに執筆。東京富山県人会連合会創立百十周年記念誌として書かれた小説『銀嶺の奔流——陰徳を生きた女性たち——』(北前書店、Kindle版発売中)で、越中の近代を築いた先人たちとその妻たちを描いた。本作は、その魂の源流である万葉の越中を舞台にした長篇小説。
